はがき 1(2)
5
彼女からのはがきを見ながら、何故、彼女が僕にはがきを出してくれたのか考えてみたが解らなかった。 そして、気がつくと彼女のことを考えていた。“でも、彼女はどうやって“絵はがき”を選らぶのだろうか?“ 彼女が帰国する日がいつのまにか楽しみになっていた。
僕は努めて彼女たちのチームを冷静に判断するようにしていた。
そもそも、僕自信が他人から評価されることに恐れを感じていた。 何もしない休日が来ることを恐れていた。 人の言葉にも傷つきやすかった。 また、僕が新しいことにチャレンジしようとすると、僕の親はまず、否定的な言葉を言った。 僕の好ましくない性格を全て、子供時代の育てられ方のせいにするのは、それ自体が過保護に育てられた証拠のようで、このような考え方を今はやめたが、決定的なことは、精神的な病を引き継いでしまったことだった。 僕の母は若いころから、冬から春にかけて、鬱状態になっていた。
その病は僕が25歳になった時に突然襲ってきた。 母があんなに苦しんだことがよく分かった。 もう10年以上この病気とつきあってきて、今ではあぶないと思ったら、早めに薬を飲んで、コントロールしているが、それでも、まだ、時には、深い理由もなく、悲しい気持ちになり、人に自分の気持ちを話したくなるが、誰もそんな話しに、こんな病気が隠されていることを知らないので、僕が期待する言葉が返ってこない。 そして、僕には純粋な楽しみなんてないんだと信じこんでいた。
だから、クライアントの一人である彼女にあうことが、少なからず楽しみになった自分に驚いた。
6
彼女が10月の下旬に帰国し、プロジェクトの会合があった。今までの成果と今後の予定を確認し、会議は3時間で終わった。 その議事録を受け取るとき、彼女に時間がとれるか聞いてみた。 「絵はがきをありがとう。」 「気にいりました?」 「とても、気にいったよ。…でも、どうして僕にはがきをくれたの?」 「あの絵はお礼です。」 「お礼? 何にたいするお礼なのかな? 僕は何もやっていないけれど。」 「このプロジェクトで、私たちのチームをサポートして頂いていることに対するお礼です。」 「それは、仕事だから。それに契約料もたくさんもらっているよ。」 「それは、それでいいんです。会議のときに私のサポートをいつもやってもらっていますから。 「僕はなにも特別にきみだけのことを評価はしていない。」 「でも、先月のプロジェクト中間報告で、私たちのチームの成果をまとめて報告されましたよね。」 「きみたちのチームだけでなく、他のチームのものも含めてね。」 「私たちのチームだけが、スケジュール通りで、それは、私の貢献が大きいと、部長に言われました。 確かに僕はこの中間報告の前に、チーム全員の中間評価を提出していた。 「きみたちのチームがスケジュール通りで、それがきみのおかげだというのは事実で、誰が、見ても解ることだから、僕の評価で、部長がきみにそう言ったわけではないと思う。 「ちょっと、それは難しいなァ。私だけでなく、女性に対する評価はあまり期待できない所なんです、あの会社は。 「そう? それはあたりまえのような気がするけれど。」 「私にとっては、あまり無いことなんです。 「…あまり、僕の評価とは関係ないと思うけど、でも、いずれにしても、絵はがきをもらったことは嬉しいよ。」 「本当は、ワープロを持っていってたら、きちんと文章を打てたんですけど、持っていってなかったし、点字は読めないと思ったので…。 確かに僕は点字を読めない。そこで改めて彼女に聞くことを思い出した。 「ちょっと、聞きたいことがあるけれど、いいかな?」 「ええ、なんでも。」 「どうやって、絵はがきを選ぶの?」 「……私には、よく解らないのですが、絵には見る人の心を動かす力があると聞きました。そうですか?」 「うん。いい絵には心が動くことがあるよ。」 「やはり、そうですか。時には、言葉では表せない表現を絵がしてくれるそうですね。 「うん。」 「絵は自分で選べないから、まず、送る人が今、どんな状態か、自分はその人にどんなメッセージを送りたいのかを考えます。 「なるほど。それで、あのゴッホの絵はどういうメッセージを、僕に送ってくれるために選んだの?」 「あの絵を見てどんなふうに心を動かされましたか?」 「…普段はなんともないけれど、仕事で疲れたときに見ていると、心が暖かくなってくるよ。」 「ですよね。あの絵を持ったときに私も暖かさを感じました。ほかにはどんな感じを持ちましたか?」 「椅子が、僕を呼んでいるような気がする。いつでも疲れたときは、ここにおいで、そして、私に座っていいんだよ、って呼んでいる。」 「う〜ん、私の英語もまんざらでなかったんだ。そんな絵を送りたかったんです。」 |